2026/02/15 00:12

勝手に衆議院が解散され、選挙が終わった。

絶望的な気持ちのまま眠り、起きて、仕事に向かった。

「選挙だけが民主主義ではない」

そんなことわかっている。けれども今回の選挙では、マイノリティが「いま、ここ」で苦しんでいる問題が争点になったわけでもなかった。
政治家の勝手な都合で、政治家が取り上げたい問題だけが争点となり、政治家に都合のいい選挙があった。
マイノリティたちは「いないもの」にされていた。そこに絶望しているのだ。
選挙結果だけに絶望しているわけではない。

「選挙で一喜一憂するな」というような言説も目に入った。
選挙だけが民主主義ではない、日常で抵抗しようと鼓舞しているのだろう。
社会運動や市民運動をしている人はすごいと思う。尊敬はする。
でも、その考えはマッチョすぎないか?

今回、マイノリティは「いないもの」にされていた。
そしてこの政権が続く限り、マイノリティはずっと「いないもの」とされていく。
声をあげられない、声をあげても聞かれることはない。
そもそも、社会運動に参加する体力がない。そういう人の存在を考えてその言葉を発しているのか。

そもそもリベラルとされる政党も、今回の選挙ではマイノリティの権利の話をほとんどしなかったではないか。
極右に対して、人権を守れと徹底的に批判しなかったではないか。
それなのに負けやがった。

与党からも野党からも、置き去りにされている。そう感じてしまうのも無理はないだろう?

リトルプレス - uchiumi - は、「声になりきらないような言葉」を大切にしたいと考えている。
言葉で人を置き去りにしたくない。
だから、絶望しよう。気持ちを抑圧する必要はない。絶望から逃げなくていい。
絶望の地点から、言葉を繋いで、これからの「最悪」を避けるために連帯しよう。